初恋橋(市場橋)

現在の市場橋

​​公三郎はこの橋の上で、柏原の家へ帰省中の染物屋の娘とデートを重ねた。

吉村公三郎の初恋・デートの場所・市場橋。『実話「吉村公三郎の初恋」』から抜粋

昭和3年の夏、休暇で帰省した時に1人の少女と知り合った。
柏原名物の艾屋の老舗「伊吹堂」に、私と同級生の次男がいた。彼も夏休みで帰省していたが、やはり休暇で帰っている彼の従妹を私に紹介した。私より1つ2つ年下で、大阪の松蔭女学校に通っている、「伊吹堂」と同族の「松浦」という染色屋の娘である。私たちは親しくなり、艾屋の娘と4人連れ立って野山を遊びまわった。
夕方は村の真ん中を流れる小さい川の橋(市場橋)の上で、とりとめもない雑談をした。彼女はいつも袂の長い浴衣を着て黄色い兵児帯を締め、竹久夢二の絵のある団扇を持っていた。
夏休みも終わりに近づき、われわれも別れ別れになって都会へ帰って行かねばならなかった。艾屋の息子が裏口から、彼女が今、汽車で発ったと知らせてくれた。うちの裏を東海道線が走っているのだが、大急ぎで駈けていった目の前を、水色の彼女のスカートが過ぎたようだった。私は汽車の線路に耳を当てて、去って行く列車の音をいつまでも聞いていた。東京へ帰ってからも彼女の面影が忘れられず困った。