長命寺湧水

箕浦代官屋敷跡

室町時代の始め、京極高氏(佐々木道誉)の命をうけ、箕浦次郎右衛門が柏原代官所を開く。代官屋敷はここを正面入口に間口約100メートル、奥行は街道沿いで約90メートル。長命寺を再興、箕浦氏菩提寺とした。箕浦氏の治世は、二百数十年。戦国時代良貞の時には、柏原宿は戸数500と大きな宿場に出来上がっていた。なお、良貞の子大鍋・小鍋丸は、信長の小姓となり、本能寺の変で討死した。良貞死後、後継者良直幼少のため代官職を返上、良直は成長後、広島藩浅野本家へ仕官した。